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みかんで大儲け!紀伊国屋文左衛門の波乱の生涯を探る

2016.6.24
ビジネスアイデア 起業

紀伊国屋というと、あの大型書店をイメージする方が多いと思います。しかし、歴史に詳しい方は江戸時代の豪商である紀伊国屋文左衛門を思い浮かべる方もいるかもしれません。ここでは紀州のみかんで大儲けしたとされる伝説の商人、紀伊国屋文左衛門の波乱の生涯を見てみたいと思います。
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紀伊国屋文左衛門の激動の生涯!

みかんで大儲け?嵐の中のみかん船

紀伊国というのは、今の和歌山県に当たります。和歌山県の名物と言えば、やはり、みかん。現在でも生産量は全国一となっています。特に紀州の有田みかんは味の良さでよく知られているブランドみかんです。紀伊国屋が一代でのし上がったのは、このみかんで大儲けしたという話が有名です。いわゆる、みかん船の話です。先ずは、この話を簡単に説明します。
 
当時、紀州ではみかんが大豊作、その影響で価格が暴落していたのに対し、嵐続きで江戸にはそのみかんがもたらされていないため品薄気味。しかも、江戸ではみかんが必要な祭りが迫っているのに肝心なみかんが無いという状態でした。そのため江戸ではみかんの値段が高騰していたのです。
 
これに目を付けた紀伊国屋文左衛門は妻の実家からお金を借りて、みかんとみかん船を買い、嵐の中、必死の思いでみかんを江戸に運びます。命がけの大航海だったわけですが、なんとか江戸までみかんを運ぶことに成功。これを高値で売りさばき、巨利を得ることができたのです。
 
さらに、帰りの船には塩鮭を積んで帰り、上方でこれを売りさばきます。その頃、上方では流行病が猛威を振るっていたのですが、塩鮭が効くという噂を流したことが売れた原因のようです。今風に言えば、バイラルマーケティングを思わす戦略ですね。

材木事業が大成功

こうした一獲千金を狙った冒険的商売を成功させた紀伊国屋文左衛門。それを基に材木屋として頭角を現します。「火事とけんかは江戸の華」なんて言う言葉がありますが、江戸は何度か大火事に見舞われています。江戸時代には、め組などの火消しが活躍していたことが知られていますが、今のような近代的な消防隊がいるわけではなく、一度広がった火事を消すのは困難でした。火事の後には復興のための木材が必要ですが、そうした時流乗って、紀伊国屋は巨万の富を得たと言います。

遊興と没落?

大儲けしてのし上がった文左衛門。吉原などで羽振りをきかせ、贅沢三昧の生活をします。紀伊国屋文左衛門、略して紀文と呼ばれ、金に糸目をつけない遊びぶりで紀文大尽と尊称されました。特にライバルであった材木商の奈良屋茂左衛門と吉原で豪遊ぶりを競った話は有名です。
 
一代の事業家として、大成功を収めた文左衛門。しかし、幕府の事業である十文銭という貨幣を作る事業に手を出し、これが大失敗。没落して哀れな生活を送ったと言われます。あるいは、2代目が凡庸で次第に没落したという説もあります。しかし、こうした没落説と共に、悠々自適で引退したという正反対の説もあります。

紀伊国屋文左衛門は実在しなかった?

さて、このように語られている紀伊国屋文左衛門ですが、実は正確な記録が残っているわけではなく、そのため実在していないという説もあります。つまり、架空の人物という見解です。武士を中心とした封建時代の話ですから、商人が公的な記録にはあまり登場していないことも一つの要因と言えるでしょう。しかし、話に尾ひれがついて半ば伝説化しているとはいえ、その元となる人物は実在していたというのが主流の考えです。

紀伊国屋文左衛門が伝説化した理由は?

では、なぜ紀伊国屋文左衛門が伝説として語り伝えられたのでしょうか?おそらく、そこには江戸の人々の夢が交差したからではないかと思います。一介の庶民がみかん船で命をかけた航海を行い、見事に成功したストーリー。江戸っ子のために命がけでみかんを運んできた…なんていう話に江戸っ子は惚れたのでしょう。
 
そして、儲けたお金を吉原でパーッと使う江戸っ子のような気前の良さ。まさに宵越しの金はもたねぇ…という江戸っ子気質にピッタリですよね。これは堅実なビジネスを行い、質素倹約に務めるという一般的に推奨される事業家とは正反対の人物像と言えます。
 
その結果、没落したわけですが、その波乱万丈の生涯の中に単なるビジネス成功の物語以上のものがあると思われます。庶民に愛され、人気がある、いわば庶民の英雄と見なされていたからこそ、多くの人に語り伝えられたのでしょう。
 
紀伊国屋の成功と失敗談は現在のビジネスという観点から考えても、参考になることが多々あります。しかし、成功し続けて名を残すということ以上に、死んでも語り伝えられるということの意味も考えてみたいものです。
 
沖の暗いのに白帆が見ゆるあれは紀ノ国ミカン船」
 
文左衛門を語るときに必ず出てくるこの唄には、紀州から命がけでみかんを運んできた若き日の起業家の姿を白帆のイメージと共に象徴的に描いているものです。このように何百年にもわたって語り継がれる事業家になりたいものですよね。
 

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